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東京地方裁判所 昭和44年(モ)4872号 判決 1970年9月08日

昭和四四年(モ)第八七二号事件債権者

昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件債務者

株式会社六郷ゴルフ倶楽部

代理人

松岡松平

外二名

昭和四四年(モ)第四八七二号事件債務者

昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件債権者

東京都大田区

代理人

今井忠男

外九名

主文

一、債権者株式会社六郷ゴルフ倶楽部と債務者東京都大田区間の、当裁判所昭和四三年(ヨ)第一二三三九号占有使用妨害禁止等仮処分申請差戻事件について、当裁判所が昭和四四年二月二六日にした決定はこれを取消す。

二、債権者株式会社六郷ゴルフ倶楽部の右仮処分申請を却下する。

三、昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件(以下同じ)債権者東京都大田区が本判決言渡の日から七日以内に保証として金三千万円を委託することを条件として、

(一)  昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件(以下同じ)債務者株式会社六郷ゴルフ倶楽部は債権者東京都大田区に対し、別紙目録第二記載の物件を撤去して同目録第一記載の土地を仮に明渡せ。

(二)  債務者株式会社六郷ゴルフ倶楽部が本判決送達の日から一〇日以内に右目録第二記載の物件を撤去しないときは、債権者東京都大田区の申出により東京地方裁判所執行官はこれを撤去することができる。

四、訴訟費用はこれを三分し、その二を昭和四四年(モ)第四八七二号事件債権者(昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件債務者)株式会社六郷ゴルフ倶楽部の負担とし、その余を昭和四四年(モ)第四八七二号事件債務者(昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件債権者)東京都大田区の負担とする。

五、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一、昭和四四年(モ)第四八七二号事件

一、当事者の申立

昭和四四年(モ)第四八七二号事件債権者(昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件債務者、以下単に債権者という。)訴訟代理人は、主文第一項記載の仮処分決定を認可する旨の判決を求め、昭和四四年(モ)第四八七二号事件債務者(昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件債権者、以下単に債務者という。)訴訟代理人は、主文第一、二項同旨および「訴訟費用は債権者の負担とする」との判決を求めた。

二、当事者の主張

(債権者の申請の理由)

(一) 被保全権利

(イ) 永小作権

別紙目録第一記載の土地(以下本件係争土地という。)を含む別紙目録第三記載の土地(以下本件河川敷地という。)は終戦後荒蕪地と化していたが、昭和二八年ごろから、債権者と債務者間で、右土地をゴルフ場として利用する計画が進められ、昭和三〇年一一月二二日債務者が東京都からその占用許可を受け、同年一二月二三日債権者は債務者から本件河川敷地をゴルフ場緑地として耕作、使用することの承認を得た。

そこで債権者は右土地の開墾にとりかかり、三年近くの歳月を要して芝生の育成栽培に努力し、昭和三三年四月ごろ、開墾の完成によつて、慣行上認められる永小作権を取得した(「開墾に起因する永小作」または「土地改良に起因する永小作」である)。

(ロ) 賃借権

仮に右権利が認められないとしても、前記のとおり、債権者と債務者は本件河川敷地にゴルフ場を建設しこれを債権者が経営することを企図し、債務者は昭和三〇年一一月二二日から三二年五月一〇日までの間に三次にわたつて右土地の占用許可を東京都から受け、昭和三二年一二月二日、債権者は債務者から本件河川敷地を、ゴルフ場経営に必要な建物、工作物その他の施設の所有および芝生の栽培を目的とし、賃料月額四万五千円(後に順次増額)期間の定めなしということで賃借した。

(ハ) 利用権および占有権

仮に債権者が本件河川敷地について永小作権または、賃借権を有していないとしても、右土地に関し債権者、債務者間に昭和三二年一二月二日に締結され以後ほぼ一年ごとに更新されてきた「ゴルフ場施設の整備および維持管理の委託に関する契約」に基づき、債権者は本件係争土地をゴルフ場経営のために利用する権利を有する。

また、従来の契約関係がどのようなものであるにせよ、債権者は現に本件係争土地をゴルフ場経営のために占有使用している。

(二) 保全の必要

(イ) ところが債務者は右委託契約は昭和四三年七月三一日をもつて終了するとして、同年八月一日以降は本件係争土地等を野球場その他の運動場に造成利用しようとの計画を具体化し、同年七月三一日夜、債権者の占有を排除しようと実力行使に及び、トラック、ブルドーザー等を多数動員して本件係争土地等に侵入し、芝生を堀起しあるいは芝生の上にコールタールを散布する等の暴挙に出た。そして、右事実に照らし、現在もなお、債務者が本件係争土地に立入り、芝生を剥奪するなど債権者の占有使用を妨害するおそれが多分に存在する。(債務者は実力行使はしない旨約束しているが、全く当にならない。現に区民に対しパンフレットを配つて昭和四三年八月一日からゴルフ場を自由に使用してさしつかえないと宣伝したり、その旨の立看板をゴルフ場に立てるなど、妨害行為を継続している。)

(ロ) もし債務者の妨害行為によつて本件ゴルフ場を閉鎖され、その経営を停止させられた場合には、債権者の死命は完全に制せられ、巨額の資金と労力、高度の技術を投じて長年月の間改良、建設してきた本件係争土地の芝生、ゴルフ場施設のすべては破壊されてしまい、債権者が後に本案訴訟において勝訴しても全く無意味となつてしまう。

また、本件ゴルフ場は昭和四四年四月から九ホールに縮小するための改造工事を実施し、現在はこれも完成し、一般入場者に常に開放されており、入場料も低額であつて、利用者は日を追つて増加し、年間入場者約五万人を数え、その大部分は周辺の京浜地区の小企業従業員および商店の店主、店員とその仲間である。このように本件ゴルフ場は庶民のため、勤労者のためのゴフル場として利用されており、かかる勤労大衆のゴルフ場が閉鎖のやむなきに至るとすれば、多数の庶民、勤労者から一挙に最も重要なレクリエーションの場を奪うこととなり、そのためこれらの多数からゴルフ場の存続が熱望されている。

さらに、職員、キャデイ等債権者の従業員一三〇名も本件ゴルフ場が閉鎖されれば即日路頭に迷うこととなり、死活の問題となる。

(ハ) なお、少なくとも、当初から権原なくして不法に占有が開始されたことが明らかな場合でなく、契約に基づき適法に自己のためにする占有が開始され、かつ現に右契約終了による占有権原の消滅を争つて占有を継続している場合には、その占有は法律上の保護に値するものである。

(三) 本件仮処分決定

そこで債権者は、永小作権、賃借権その他の権利の確認および占有保持ならびに妨害排除の訴を提起すべく準備中であるが、その本案判決の確定に至るまで現状を維持すべく、「債務者は本件係争土地に対する立入り、および右土地に生育する芝生に対する損傷行為をしてはならない」旨の本件仮処分申請をしたのであり、これを認容した原決定(昭和四三年(ヨ)一二三三九号事件)は至当であるからその認可を求める。

(債務者の答弁および抗弁)

(一) 被保全権利について

(イ) 永小作権に関する主張は否認する。債権者主張の慣行は徳川時代に存したものであり、現行民法施行後はもはや存在しないものであつて、本件河川敷地にこのような旧慣のある訳はない。

(ロ) 賃借権に関する主張は否認する。債権者、債務者間においては、本件ゴルフ場について、その経営業務の委託契約以外に契約をしたことはなく、右委託契約にも賃借権の設定と目すべき条項はないのであつて、これを河川敷地の賃貸借とみる余地は全くない。

(ハ) 債権者、債務者が、昭和三二年一二月二日本件ゴルフ場の経営委託契約を締結し、以後右契約はほぼ一年ごとに更新されてきたこと、債権者が本件係争土地を占有していることは認める。

(二) 保全の必要について

(イ) 債務者が本件係争土地等を運動場に使用する計画を進め、昭和四三年七月三一日夜、本件ゴルフ場の廃止および運動場建設のためブルドーザーを使用して工事に着手した事実は認めるが、その後債務者は昭和四三年八月三日、当裁判所に対し、本件ゴルフ場への立入および芝生の損傷行為をしない旨誓約書を提出したほか、昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号本件不動産仮処分(明渡断行)申請事件および河川敷地明渡請求の本案訴訟を提起するなど、本件係争土地の明渡はすべて法律上の手続によつて適法に実現すべき態度を明らかにしているから、実力による妨害行為をするおそれはもはや全く存しない。

(ロ) また債権者には本件係争土地を使用、占有する何らの権原もなく、かつゴルフ場を昭和四三年七月三一日限り廃止することは債権者、債務者間ですでに合意決定した既定事実であり(この点は後述する。)、債権者も従前よりそのための対策を樹てていたのであるから、この期に及んで保全の必要は全く認められない。

(三) 仮に債権者に何らかの権利があつたとしても、昭和四三年七月末日限り、契約期間満了とともに消滅した。

(イ) 近時大都市およびその周辺における公園、緑地等の不足が著しい現状にかんがみ、国の施策の一環として、多摩川の管理者である建設省(従来東京都の管理に属していたが、昭和四〇年以降建設省の所管となつた。)は、昭和四〇年一二月二三日付次官通達により、河川敷地占用許可準則を定めて、都市周辺の河川敷地は公園、緑地、広場および一般公衆の用に供する運動場のためにする占用に限つて許可する旨を発表し、既存の占用部分も逐次右準則に適合するよう措置すべきことを指示し、建設省関東地方建設局長はこれを受けて多摩川河川敷地の開放計画を樹立し、昭和四一年七月一二日債務者に対し、本件河川敷地を三地区に区分して、その一部(別紙目録第三(一)記載の土地、以下A土地という。)を昭和四一年一二月末日限り、他の一部(右目録第三(二)および(三)の土地、以下前者をB1土地、後者をB2土地という。)を昭和四三年一二月末日限り、残る一部(同目録第三(四)記載の土地および本件係争土地、以下前者をC土地という。)を昭和四四年三月末日限りそれぞれ公園、緑地等に開放すべき旨を命じてきた。

(ロ) 前記のとおり、債務者と債権者は、昭和三二年一二月二日を初回として大略一年ごとにゴルフ場の経営委託契約を締結してきたが、右指示が国の施策に基づくものである以上、河川敷地占用権者である債務者としては指示通り本件ゴルフ場を廃止するのやむなきに立至つたので、昭和四一年九月以降債権者と再三、再四交渉、協議を重ねた結果、同年一二月末日までに右A土地の開放返還を実行し、次期開放に備えて、両者は昭和四二年四月三日(契約の日付は四月一日)、最終のゴルフ場委託契約を締結し、その際、委託期間を昭和四三年七月三一日限りと定め、しかも以後はこれを更新せずゴルフ場を廃止すること、右期限にはゴルフ場に設置してある別紙目録第二記載の物件(以下本件物件という)等仮設物を収去の上直ちに本件河川敷地(A土地を除く)を引渡すこと、契約を更新しないことによる債権者の損害および引渡の費用は一切補償しないこと等について双方の完全明白な合意が成立し、また債務者は昭和四二年四月一日、前記第一回委託契約締結に際し制定されたゴルフ場条例を昭和四三年七月末日限り廃止する旨改正施行した。

(ハ) なお、債務者が本件ゴルフ場の廃止を決定するに至つたのは、国の河川敷地の開放の施策が直接の契機となつたものであるが、さらに本件ゴルフ場には次のような諸事情があつて、これらの理由からも所詮本件ゴルフ場を継続することは到底不可能な実情にあつた。

(a) 法規上の事情

昭和三八年の改正後の地方自治法第二四四条の二により、公共団体または公共的団体以外の者に対して公の施設の管理を委託してはならないことが明らかになり、従来の債務者と債権者間のゴルフ場の委託契約は、解釈上地方自治法違反の疑義があるので、地方公共団体である債務者としては、このような不明瞭な関係にすみやかな終止符を打たなければならなかつた。

(b) 債権者側の背信行為による事情

債権者は不祥事件を頻発させ(昭和三六年以降の法人税の脱税事件、昭和三七年から四〇年までの間のキャデイのカート代および傷害保険掛金不正使用事件、昭和四一年一二月の国鉄多摩川橋梁改良工事に伴う補償金不正受領事件)、公共団体の立場上債権者に対しゴルフ場の運営について特段の公正さを要求していた債務者の信頼を著しく裏切り、運営の乱脈ぶりは公共団体の委託契約先として許容し難いものであつた。

(c) 区民感情および区議会の動向による事情

右の法規上の疑義および債権者の背信行為はその都度区議会において問題にされ、結局債権者は公共団体である債務者の委託契約先として不適格であるとの結論に到達せざるを得ない実情であつた。

一方緑地運動場の極端な不足などから、本件ゴルフ場開放に対する区民の要望は日増しに強く、国の河川敷開放の施策に加えて債権者の前記不信行為が次々と露見するに及んで、一般区民の感情はもはや本件ゴルフ場廃止に猶予を与えず、その世論を代表する区議会においても、与野党一致してゴルフ場廃止を求め、区長の決断を求めるに至つた。

(ニ) そして、右のゴルフ場廃止に関する合意を、債務者、債権者は次のとおり実施してきた。

(a) 債権者従業員の退職金積立および支払

前記最終委託契約と同時に、ゴルフ場廃止に伴う従業員の退職に備えて、債務者から債権者に支払う委託料の一定額(従来事務費として債務者が控除していた分)を退職引当金として金融機関に積立てることを合意決定したが、これに従い、債務者は昭和四二年五月以降従来の委託料に右一定額を加算して債権者に支払い、これを、債権者名義で銀行に積立預金し(契約終了の日現在で八百万円余に達した。)、右積立金のうちから昭和四二年一二月までの間に退職者二一名に対し約二百六万円が逐次支払われた。(なお残額は法人税等の滞納により差押えられた。)

(b) キャデイの全員退職

本件ゴルフ場に就労していたキャデイは、昭和四二年四月以降は、もはやゴルフ場の廃止が不可避であると了解して逐次退職、転職に踏切り、昭和四三年七月三一日までに六十数名全員が退職した。

(c) 後援会員に対する入会金払戻しの約束

債権者は、昭和四二年四月一日付契約の調印後、ゴルフ場の廃止に備えてその後援会員と入会金の処理につき協議を重ね、昭和四二年八月二九日に至り、ゴルフ場を廃止することを当然の前提として、後援会員の代表者らの主張を容れ、ゴルフ場の廃止期限である四三年七月三一日に全員の入会金を払戻すことを約した。

(ホ) また債務者はその後、従来のゴルフ場敷地としては本件河川敷地の占用の継続が到底許可されないことが明らかであつたため、建設省の指導に従い、本件係争土地等を多摩川緑地運動場として使用すべく計画決定し、昭和四三年五月三一日許可申請に基づき、同年七月一二日付をもつて建設省関東地方建設局長から従来のゴルフ場としての占用許可を右運動場および緑地広場を目的とすることに許可条件の変更を受けた上、その建設準備を進めたものである。

(四) 特別事情に基づく取消の申立

本件仮処分により債務者の受ける損害は、通常仮処分において債務者が普通に受ける損害と著しく性質の異なりかつ重大な損害であるのに反し、本件仮処分によつて保全される権利は金銭的補償によりその終局の目的を達し得るものであるから(その詳細は昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件の債務者の申請の理由(二)保全の必要において述べる。)、仮に異議が理由がないとしても、右特別事情に基づき、保証を立てることを条件に、本件仮処分を取消す旨の宣言を求める。

(五) 仮処分解放金

前項記載のような特別事情があるので、仮処分決定を認可する場合には、特に解放金額を掲記されたい。

(抗弁に対する債権者の答弁および再抗弁)

(一) 債務者の答弁および抗弁(三)の本件係争土地等を明渡す旨の合意が成立したとの事実は否認する。その事情は次のとおりである。

(イ) 本件ゴルフ場は、もともと債権者がその従前の占用権者等に離作補償金を支払つて、みずから占用許可を得て、独自にゴルフ場を建設する計画を樹てていたのであるが、これについて当時の大田区長の協力を求めたことから、同区長の、占用許可だけは債務者が受け、ゴルフ場の建設、運営のすべては債権者が行なうという構想を受入れざるを得なくなり、その結果占用許可は名目上債務者が受け、ゴルフコースもすべて債権者から債務者に無償で寄附するという便法をとり、従つて、形式上債権者と債務者との間では本件河川敷地に関する使用収益についての契約(委託契約)を締結すること、ゴルフ場の経営そのものはすべて債権者の権利に属するものであること、このような両者の関係は特別の事情のない限り永久的なものであることとの取決めがなされ、以後毎年「ゴルフ場施設の整備および維持管理の委託に関する契約書」を作成してきていた。

(ロ) ところで債務者は、昭和四一年七月一八日建設省関東地方建設局長より発せられたゴルフ場の一部開放の通告(後に述べるとおり、これは、本件ゴルフ場のうち九ホールは残しても良いという趣旨であつた。)のなされたのを機に、従来の債権者との関係を解消し、九ホールに縮小されるゴルフ場部分(本件係争土地部分)については、債務者と関係なく名実ともに債権者において自己の占用権に基づいて経営し、残りの開放される河川敷地については、建設省の開放方針および大田区議会の要望に沿つて、総合運動場としたい意向を強め、昭和四二年一月下旬から債権者に対しこのことを示唆し、債務者から、九ホールすなわち本件係争土地について債権者が占用許可を受けることに債務者も協力する旨の了解が得られたので、債権者は、ゴルフ場改造工事に最も適当な夏の昭和四三年七月三一日をもつて債務者との契約関係を終了させることに意を決し、昭和四二年四月上旬、同月一日付の契約書が作成されたものである。

(ハ) 右契約書には、「公の施設としてのゴルフ場を廃止する」とあり、今後債務者と関係なく債権者がゴルフ場の経営をしてゆくものであることを表明し、また「国の緑地解放の施策にそい」とあつて、九ホールのゴルフ場になることをうかがわせるに十分な表現が用いられている。

(ニ) 従つて、ゴルフ場そのものを昭和四三年七月三一日限り廃止する契約は締結されておらず、債務者には本件係争土地の明渡を請求する権利はない。

(ホ) 債務者の主張(イ)、(ロ)について

昭和四一年七月一八日、関東地方建設局長から、本件河川激地の一部開放の通告があつたことは認める。しかし、建設省関東地方建設局長の発した多摩川下流河川敷の開放に関する通告は、既存の権益を尊重し、東急ロース、新川崎コースそして本件六郷ゴルフ場コースについて、いずれも半減方式(九ホールを残す)をとるというのであり、その余のみを開放する趣旨であつたことは明瞭である。従つて、本件ゴルフ場を継続することが不可能な実情ではなかつたのである。

(ヘ) 債務者の主張(ハ)について

(a) について

債務者が脱法的手続までして地方自治法が改正施行された昭和三九年四月一日以降もゴルフ場を経営させていたということは、債務者自身、地方自治法の改正があつてもゴルフ場を存続させたい方針であつたとみるべきである。

(b) について

税務署の調査を受けたところ、債権者には若干の計上もれや否認事項は出たが、脱税事件は起こしていないし、カート代、傷害保険掛金の不始末は債務者が採り上げる程の問題でもなければ金額でもない。また、補償金不正受領の事実もない。

(c) について

区民の間では、ゴルフ場そのものを廃止することにはむしろ反対の声の方が高い。

(ト) 債務者の主張(ニ)について

(a) について

事務費名目の支払を免除されたのは、一八ホールを九ホールに縮小するのには相当の改造費を要し、また剰余従業員の整理に伴う退職金の必要もあり、かつ従業員の動揺を避けるためもあつて、このような措置をとつたもので、当然のことであり、ゴルフ場全部を廃止する意味からではない。

(b) について

九ホールに縮小した場合にはキャデイはほとんど必要なくなるので、逐次転職していつたもので、昭和四三年七月三一日をもつてゴルフ場が廃止されるから退職したものではない。

(c) について

後援会員のごく一部が昭和四三年七月三一日をもつてゴルフ場が完全に廃止され、プレーが全くできなくなると思い込み、入会金の返還を要求してきたことはあるが、これについて債権者がその返還を約束したことはない。

(二) 特別事情に基づく取消の申立について

債務者主張の事件は何一つ特別事情として考慮に値するものではなく、本件ゴルフ場を債務者側にじゆうりんされてしまえば、本件仮処分の目的である占有秩序は全く破壊されてしまうのであつて到底金銭で補償できるものではなくなる。

(三) 解放金について

理論上仮処分命令にはいわゆる解放金額を記載すべきではなく、仮に許されるとしても、被保全権利が金銭的補償によつて目的を達し得るものであり、仮処分の存在が債務者に対し異常な損害を与えるという特別な事情が存することを要するが、本件においてはこのような事情は皆無である。

(四) 虚偽表示

前記のような事情で、昭和四二年四月一日付の契約書は、債権者、債務者間において従来形式上毎年継続的に委託契約が締結されてきていたことから、形式的にもこれを終了させる旨の契約書が必要であるとの債務者の考慮に基づき、昭和四三年七月三一日限り契約が終了するかのように仮装して作成されたものであり、虚偽表示によるものであるから無効である。

(五) 詐欺および錯誤

前述したとおり、昭和四二年四月一日付契約書の作成は委託契約を形式上終了させるためであつて、両者間の真の合意内容は、両者間の契約関係を昭和四三年七月三一日限り終了させること、債務者は九ホールのゴルフ場の経営を可能ならしめるためこれに該当する河川敷地を使用できるよう債権者に協力すること(債務者は九ホールに該当する河川敷地すなわち本件係争土地の占用許可の申請はせず、債権者がこの部分の占用許可申請をし、債務者はこれに協力する)の二点であつて、従つて債務者は本件係争土地の占用許可申請を取下げ、債権者が占用許可を受けられるよう積極的に協力する義務がある。

そこで、もし右のような協力義務についての約束が債務者の真意に基づくものでないとすれば(債務者は約旨に反して本件係争土地についてみずから占用許可を得てしまい、これを運動場にしようと企図している。)、債権者としては右のような協力義務についての約束を債務者の真意に基づくものであると信じて契約関係を終了させる旨の合意をしたのであるから、右の合意は詐欺に基づくものに外ならず、債権者は債務者に対し昭和四五年六月九日付準備書面(同月一九日の本件口頭弁論期日において陳述)によつて、債権者の右意思表示を取消す旨の意思表示をした。

また、右の協力義務についての約束は、両者間の合意の要素であることは明らかであるから、錯誤に基づく合意であり無効である。

(六) 公法違反、公序良俗違反

仮に昭和四三年七月三一日をもつてゴルフ場経営委託契約が解除されたとしても、債務者は債権者に対し何ら補償の提供をしていないから、右契約解除は、地方自治法第二三八条の五第三項の精神にかんがみ、公法違反、公序良俗違反に該当し、無効である。

(再抗弁に対する債務者の答弁)

(2) 虚偽表示、詐欺および錯誤について

抗弁に対する債権者の答弁および再抗弁(四)、(五)の主張は否認する。前述したとおり、昭和四二年四月一日付の契約は、両当事者間の完全な合意に基づいて締結されたものであることは明白であり、これに反する何らの別契約も留保もない。いやしくも公共団体である債務者が、債権者の主張する裏契約、裏取引のようなことをなし得るはずがない。

(二) 公法違反、公序良俗違反について

右同(六)の主張は否認する。本件ゴルフ場は、地方自治法第二三八条第三項にいう公共用に供する財産で同法第二三八条の五にいう普通財産ではなく、かつ本件委託契約の終了は期間満了によるものであつて契約の一方的解除ではないから、補償を必要としない。

第二、昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件

一、当事者の申立

債務者訴訟代理人は、「債権者は債務者に対し、本件物件を撤去し、かつ本件係争土地から退去して、これを明渡せ、債権者が本判決送達の日から七日以内に本件物件を撤去しないときは、債務者はこれを撤去することができる」との判決を求め、債権者訴訟代理人は、「債務者の申請を却下する」との判決を求めた。

二、当事者の主張

(債務者の申請の理由)

(一) 被保全権利

債務者は、昭和三〇年一一月二二日付および三一年一〇月三日付で東京都から本件河川敷地を含む多摩川河川敷地の占用許可を得たことを契機として区営ゴルフ場の創設を図り、昭和三二年一二月二日付で東京都大田区六郷ゴルフ場条例を制定公布し、これに準拠して本件ゴルフ場を開設し、右同日債権者との間で本件ゴルフ場施設の整備および維持管理の委託に関する契約を締結し、右委託契約は大略一年ごとに更新されたが、昭和四二年四月一日付で最終の契約を締結した際、委託期間を四三年七月三一日と定め、しかも以後はこれを更新せず、右期限に債権者は債務者に本件物件を収去の上本件係争土地を明渡すことを合意した。(その詳細は、昭和四四年(モ)第四八七二号事件の債務者の答弁および(三)抗弁記載のとおり)

よつて債務者は債権者に対し、委託契約の終了および両者間の右合意に基づき、本件物件の撤去、本件係争土地の明渡を請求する権利を有する。

(二) 保全の必要

(イ) ところが委託期限の満了近くになつて債権者はにわかにその態度を変えて、本件係争土地の明渡を頑強に拒否し続けているが、本件ゴルフ場の廃止およびこれに代る緑地運動場の建設は、前記のとおり国の施策に沿い、かつ所轄官庁の指導の下に、河川敷地を一般区民に開放しようというものであつて、公共団体である債務者としては、公共の利益のために不可避かつ緊急を要する事柄である。

(ロ) まず、大田区における公園、緑地、運動場等の現在の面積は、都市公園法施行令に定める住民一人当たりの都市公園の敷地面積の標準に遠く及ばず(東京都全体についてみても、他の大都市に比較して都市公園が著しく貧弱である。)、公園、緑地、運動場の拡充整備を図り、都市公園の著しい不足を補うことは急務とされている。

また、大田区内の小中学校の現存屋外運動場の面積は、自治省財政局発表の基準面積に達している学校は八七校中僅かに三校に過ぎず、他の八四校が大幅に不足しており、全体として基準面積の半分以下である。この著しい運動場不足を補い、少年、児童の健全な育成を期するためにも、是非とも本件ゴルフ場を緑地運動場に開放することが必要である。

そこで債務者は、昭和四〇年度から四五年度までの五カ年間にわたる行政施設五カ年計画の重要な一環である土木事業において、公園、児童遊園の増設、整備等を重点事項としてその実現を図つている。

ところが現在区立運動場は少数で、しかも屋外運動場の日曜、祭日の利用状況は、事前の申込みは多数あるのに抽せんによつてごく少数のものに使用が許可される有様で、青少年の要望を満し得ない現状である。特に大田区は都内でも有数の工場密集地帯で騒音、振動、媒煙、悪臭等の公害が多発し、かつ東京都の陸上交通の表玄関として各種自動車の交通が激しく、ことに学童の交通事故が都内二三区および郡、市を通じて北多摩郡(立川市外一二市を含む。)に次いで圧倒的に多い(学童の交通事故の原因の相当部分が路上での遊びとされており、その他飛び出し、自転車乗りなどの原因にしても、そのほとんどが自由に遊べる緑地運動場の不足に遠因しているということができる。)現況にかんがみ、勤労青少年および児童の健全娯楽ならびに健康増進のために、緑地運動場の拡充は緊急であり、広大な本件係争土地に対し、青少年の体位向上、区民のレクリエーションの場として、その緑地、運動場への開放を要望する区民の声は切実なものとなつている。

このように、ゴルフ場の廃止が遅延することによつて被る損害は、次代を担うべき少年児童、勤労青年の健全な育生の阻害となつて表れ、学童児童の交通事故のみに限定しても、大田区だけでも年間千人近い死傷者を出すという悲惨な結果を招来しており、これらは絶対に取返しのつかない損害である。

(ハ) なお、従来のゴルフ場では一部のゴルフ愛好者(年間延数万人)だけの利用に過ぎなかつたが、債務者の意図する多摩川緑地運動場(野球場二一面、運動場、自由広場、サイクリングコース等)完成の暁には、大田区民はもとより都民全体の運動場として、年間実に百万人位の利用が見込まれる。しかもこの利用者は、ゴルファーのように多少の遠近を問わずに出かけられる余裕のある人々とは違つて、至近距離にある本件河川敷地を利用しなければ他に行先のない庶民である。

(ニ) 本件河川敷地の占用権は地方自治法第二四四条にいう公の施設であり、前記のとおり公の施設は公共団体または公共的団体以外の者に対しその管理を委託してはならないとされており、従来の債権者に対する業務委託がその独自の管理権、占有権を伴うものとすれば、この関係は明白な法律違反となり、債務者としては直ちにこの違法状態を終了させなければならない義務がある。

(ホ) 債務者は、多摩川緑地運動場の建設工事計画の着工を昭和四三年八月当初、工期を八カ月、竣工を四四年三月末と定めて準備を進め、昭和四三年七月二七日付で東京都大田区多摩川緑地運動場設置条例を制定公布の上同年八月一日から施行し、また緑地運動場建設工事費九千八百余万円を含む一般会計補正予算について同年七月二六日区議会の満場一致の議決を経て予算措置を講じ、着工準備の一切を完了していたが、その実施の遅延により、工事を委託した業者から被つた損失の補償を要求されるなど悪影響が発生し、予算措置も新たに講じなければならない事態となり、ひいては緑地運動場の実現に著しい支障をきたすことになる。かくては区政担当者として区民に対し、その責任を全うすることができないのである。

(ヘ) 他方債権者は近年ほとんど利益を挙げていない上、キャデイも就業を拒否しさらにその後全員退職するに至り、メンバーの大半も入会金の返還要求を決議している実情であり、ゴルフ場に来場するゴルファーも少数で開店休業の状態である。従つて、本案判決に至るまで暫時本件ゴルフ場を継続してみても(建設省関東地方建設局長は、昭和四四年二月八日債務者に対し、本件係争土地等を緑地運動場として一般大衆に開放することを条件として、同年四月一日以降五カ年間の占用許可を与えたから、債権者が直接自己宛に占用許可を受ける期待は消滅し、債権者が本件係争土地の占有を継続することは将来とも許されないことに確定したのである。)さしたる利益は挙げ得ず、本件ゴルフ場を即時廃止することによる債権者の損害は金銭的補償で十分まかない得る。

また債権者は、本件ゴルフ場の開設、維持には巨額の経費を投入したと称しているが、債務者がこれまでに支払つた委託料により十分補填されているはずであり、メンバーの入会金もほとんど償却済みと思料される。

(ト) 債務者は本件係争土地明渡の本案訴訟を提起しているが、本案判決までには時日を要し、以上のような事情で緑地運動場の建設は公益上きわめて緊急を要するので、明渡断行の本件仮処分申請に及んだものである。

(債権者の答弁および抗弁)

(一) 被保全権利について

債務者が本件河川敷地について占用許可を受けたこと、形式上昭和三二年以来昭和四一年まで期間を一年とする委託契約を毎年締結し、四二年四月一日付で翌年七月三一日限りこれを終了させる旨の契約書を作成したことは認めるが、その余は否認する。債権者、債務者間の契約の実体は賃貸借契約であり(その詳細は昭和四四年(モ)第四八七二号事件債権者の申請の理由(一)(ロ)記載のとおり)、また本件係争土地の明渡を約した事実はない(その詳細は右事件抗弁に対する債権者の答弁および再抗弁(一)記載のとおり)。

(二) 保全の必要について

(イ) 債務者の主張(ロ)について

債務者の計画している二一面の野球場等は、公園ではなく、都市公園法とは無関係の施設であり、また教育機関としての施設ではなく、学校の運動場としての使用を意図しているのでもないから、学校の運動場の不足とは直接の関係はない。そして、交通事故防止、区民、勤労青年の健全な育成という行政目的は、特に本件係争土地についてのみその実現の必要性を迫られているものではなく、過密都市の自治体として一般的にそのような計画、配慮が社会的に要請されているとはいえ、その問題は最近に始つたことではなく、また一般区民の緑地運動場を求める要望が相当にあつたとしても、(その要望はいずれにせよ区民の一部からのものである。)、それは債務者の行政措置の不手際に起因するものであつて、そのために債権者のみが犠牲を払わせられる理由はない。なお、右のような区民の要請の実現が遅延したとしても、それは債務者の被る損害ではなく第三者である一般市民の生活上の不便、不利益に過ぎない。従つて、本件はこれを認容すべき緊急性を具備するものとはいえない。

(ロ)債務者の主張(ハ)について

ひとり青少年のみのレクリエーションでなく、大人のためのそれも考慮すべきである。なお、すでに開放された地域における青少年の野球場の利用度は低く、ゴルフ利用者の方がはるかに多い。

(ハ) 債務者の主張(ニ)について

河川敷地の占用権は公の施設ではなく、仮に公の施設であつても、債権者に使用させた責任は債務者のみが負担すべきものであつて、債権者には無関係である。

(ニ) 債務者の主張(ホ)について

債務者が条例を制定し、予算措置を含む運動場建設の着工準備を完了していることは、すべて債務者の独断に基因するものであつて、これを理由に本件仮処分が必要であるというのは誤りである。

(ホ) 債務者の主張(ヘ)について

本件ゴルフ場は現在ノーキャデイでも多数の利用者があり、本件仮処分が許容された場合には、債権者は莫大な損害を被るものである。そして、金銭的補償が可能であることから直ちに必要性を肯定できるものではなく、しかも本件では金銭的損害のみならず、一般ゴルファーが運動できなくなり、本件ゴルフ場を永遠に失うということは、金銭で評価しないものである。

(ヘ) 債務者の主張(ト)について

債務者は本件係争土地の所有者ではなく、その占用権を得ているに過ぎず、その管理者は建設省であるが、建設省はこれを早急に緑地運動場にするようにとは指示していないのであつて(むしろ九ホールはゴルフ場として使用して良いと指示している。)、建設省みずから諸般の情勢から本件係争土地を開放計画から除外し、緑地計画を早急に実現する必要がないとしている以上、ひとり債務者のためにのみ、債権者の莫大な資産、利益および利用者の権益を犠牲にしてまで、明渡断行の仮処分をしなければならない緊急性、必要性は絶対にない。

(三) 仮処分の牴触

本件仮処分の申請は、債権者申請にかかる昭和四三年(ヨ)第一二三三九号占有使用妨害禁止等仮処分決定と牴触するものであるから、不適法である。

(四) 永小作権および賃借権

債権者は本件係争土地を含む土地について永小作権を取得し、その期間は三〇年である。そうでないとしても右土地について賃借権を有している。(その詳細は昭和四四年(モ)第四八七二号事件債権者の申請の理由(一)(イ)、(ロ)記載のとおり)

(五) 虚偽表示、詐欺、錯誤、公法違反および公序良俗違反

仮に委託契約が終了したとしても、その合意は、通謀虚偽表示または詐欺、錯誤に基づくものであり、さらには公法違反、公序良俗違反に該当するものであるから、無効でありあるいは取消された。(その詳細は右事件抗弁に対する債権者の答弁および再抗弁(四)ないし(六)記載のとおり)

(六) 権利濫用

以上すべての主張が認められないとしても、本件ゴルフ場開設に当たり債権者が河川敷地の従前の占用権者、耕作者に離作補償金を支払つていること、ゴルフ場開設に要する巨額の費用一切を債権者が負担し、しかもこれを債務者に無償で寄附し、その後も債権者はコースの修復、維持、管理に多額の費金を投じてきているがこれについて債務者は厘銭の出捐もしていないこと、ゴルフ場の経営はすべて債権者の方針と計画に基づき、債権者の雇傭する従業員によつて行なわれ、債務者は何らの指示要望も関与もせず、本件ゴルフ場に関して占用料相当額のほか事務費という名目で多額の金員を収納しているなど、従来の債権者、債務者間の本件係争土地に関する利用関係にかんがみ、債務者の本件係争土地の明渡の請求は、権利の濫用であつて、到底許されるべきものではない。

(抗弁に対する債務者の答弁)

(一) 永小作権、賃借権、虚偽表示、詐欺、錯誤、公法違反および公序良俗違反について

債権者の答弁および抗弁(四)、(五)の事実はいずれも否認する。

(二) 権利濫用

右同(六)の事実のうち、本件ゴルフ場は債権者の費用で設置し、その寄附を受けたこと、占用料と事務費を徴収したことは認めるが、本件委託契約の終了は、両者間の合意によるものであるから、権利濫用の問題を生ずる余地はない。

第三、疎明関係<略>

理由

第一昭和四三年(ヨ)第一〇四六八号事件

一債務者が債権者との間で、昭和三二年一二月二日、当時債務者が東京都知事から占用許可を得ていた本件河川敷地について、「東京都大田区六郷ゴルフ場施設の整備および維持管理の委託に関する契約」(その実体が右河川敷地の賃貸借であるかどうかはともかくとして)を締結し、債権者が右ゴルフ場の経営に当ることとなり、以後右契約は昭和四二年四月一日付の契約に至るまでほぼ一年ごとに更新されてきたことは当事者間に争いがない。

二そこで、債務者の右契約の終了およびこれに基づく本件係争土地の明渡請求について判断する。

(一)  <証拠>を総合すれば次の事実が一応認められ<証拠>中これらの認定に反する部分は措信し続く、他にこれらの認定を覆すに足りる疎明資料はない。

(イ) 本件河川敷地のある多摩川の管理(河川敷地の占用許可の期限を含む)は、当初東京都知事が行なつていたが、その後河川法の改正により昭和四〇年四月一日から建設大臣がこれを管理することになつたものであるが、建設省は昭和四〇年一二月二三日、河川が公共用物であることにかんがみ、河川敷地の占用が河川本来の供用目的に即応して適正に行なわれるよう、河川管理の適正化を目的として、河川敷地占用許可準則を定め、占用許可の基本方針としては、河川敷地の占用は、当該占用が、これにより治水上支障を生じない場合など限定された場合であつて、かつ必要やむを得ないと認められるものに限つて許可することとし、この場合においては、その地域における土地利用の実態を勘案して、公共性の強いものを優先させなければならないこと、また都市における河川の敷地占用の特例として、公園、緑地等が不足している都市内の河川またはその近傍に存する河川の敷地で一般公衆の自由な利用を増進するため必要があると認められるものについては、公園、緑地および広場ならびに一般公衆の用に供する運動場のためにする占用に限つて許可するものとすることなどを明らかにし、同日、右準則の制定に伴い今後留意すべき事項を内容とする「河川敷地の占用許可について」と題する建設事務次官通達が出されそのなかで、まず占用許可の基本方針については、公園、緑地および広場、一般公衆の用に供する運動場(営利を目的とするものを除く。)、児童生徒等が利用する運動場で学校教育法に規定する学校が設置、管理するもの、採草放牧地、その他これに類するものならびにその他営利を目的としないもので、その占用の方法が河川管理に寄与するもの、以上に掲げる施設のためにする占用以外の占用は許可しないものとすることとされ、また、既存の占用に対する措置についても、既存の占用のうち前記準則に適合しないものについては、当該占用の実態、経緯等を勘案して具体的な改善計画を樹立し、逐次準則に適合するように措置するものとすること、公園、緑地等が不足している都市またはその周辺の河川敷地については、河川敷地の公園、緑地等への開放計画を樹立し、すみやかに一般公衆の利用に供し得るよう措置するものとすることなどが表明された。

この河川敷地の開放の計画にのつとり、政府は昭和四一年七月一八日、東京都をはじめとする都市の過密化に伴う公園、緑地等の不足の実情にかんがみ、公共の土地である河川敷地を国民のいこいの場として、特に次代をになう青少年のレクリエーションの場として確保すべきことは強い国民的要請であり、このような要請から多摩川河川敷地を公園、緑地等の用に供するためであるとして、多摩川河川敷地の第一次開放計画を発表し、同日これを債務者を含む河川敷地の占用者に通告したが、それによれば、第一次開放計画の実施期間は昭和四一年度を初年度として三カ年を目途とすること、開放の方針は既占用敷地のうち橋梁の付近等一般公衆の利用しやすい場所を占用している箇所、特定の個人のみの利用に供されている箇所等については全面開放の措置を講ずるものとすること、また今後は公園、緑地および広場ならびに一般公衆の用に供する運動場以外には新たに占用を許可しないものとすること、なお第二次の開放計画(昭和四四年度以降となるはずである。)については、右の第一次開放計画実施後の状況(実際の運動場の造成状況など)を勘案して定めるものとするとされていた。

そして、具体的には、右四一年七月一八日到達の建設省関東地方建設局長から債務者区長あての「多摩川河川敷地の開放について」という通告によれば、昭和四一年七月からの本件河川敷地についての占用許可期間更新の申請に当たつては、右開放計画に基づき、債務者の占用する本件河川敷地のうち、A土地については昭和四一年一二月三一日まで、B1およびB2土地については昭和四三年一二月三一日までをそれぞれ占用期間とする占用許可の申請をすること、右各土地は公園、緑地等として開放してもらうため、A土地については昭和四二年一月一日以降、B1およびB2土地については昭和四四年一月一日以降債務者の占用を認めない、またその余の部分(本件係争土地およびC土地)については昭和四四年三月三一日までを期限とする許可の申請をするようにとのことであつた。

(ロ) 以上のような状況の下で、債務者の区長、助役等当事者は、このような国の河川敷地の開放の根本方針からして、本件ゴルフ場は早晩廃止せざるを得ないと判断するに至り、前記七月一八日の通告の写を債権者代表者にも渡して右のような見通しを伝え、両者間でこの問題につき検討、協議を続けた結果、同年九月に至り、国の第一次開放計画を了承する旨債権者の承諾が得られたので、債務者は建設省に対しその旨具申し、同年一一月二四日、右第一次開放計画に従つた占用許可申請をし、同日付で(許可書の交付は昭和四二年一月五日ごろ)債務者に対し本件河川敷地について、占用期間は前記通告の趣旨と全く同一の占用許可がなされた。そして、その後A土地については通告どおり昭和四一年一二月三一日までに開放が実現された。

(ハ) ところで、昭和四二年四月一日付の委託契約が締結されるまでに、債務者の議会においては、議員から、委託契約の法律的性格をめぐる質疑あるいは債権者には数々の不正事件があるから公共団体の契約の相手方としては適格性を欠く旨の追及が従前からしばしばなされており、債務者の理事者としては、区議会と債権者の間に立つて苦慮することが多かつた。

すなわち、昭和四〇年一一月の区議会において、議員から、債権者の多額の脱税事件が発覚したが区長はその事実を承知しているかどうか、そのような会社と今後も委託契約を続ける意向かどうか等の質問がなされ、債権者代表者が議会に喚問される事態にまで発展し、また、債権者が、ゴルフ場で働くキャデイからカート(クラブ運搬用の車)の代金を徴収しながらこれを他に流用し、あるいはキャデイ傷害保険の掛金を約二年間分徴収しながら実際には僅か数カ月しか傷害保険に加入しなかつたため、昭和四二年一月二六日以来何回かにわたり労働組合からこれら金額を返却されたい旨の要求を受け、労働組合から債務者に対してもその解決方の依頼があり、四二年三月四日の区議会において議員からも、このような事実からみても債権者は契約の相手方として全くふさわしくないとの意見が述べられ、さらには昭和四一年一二月ごろ、本件河川敷地内を通過している国鉄鉄橋のかけ変え工事に際し、本件ゴルフコースの一部の改造が必要となつたが、その補償金を債務者の全く関知しない間に債権者が国鉄の工事請負人から受領したという事件もあり、これら債権者の不祥事件は、区議会の債務者理事者に対する好個の攻撃材料となつていた。

なお、すでにゴルフ場設置当初の昭和三二年一一月二八日の区議会総務委員会において、一議員から、総合運動場としての他施設の設置が遅れているにもかかわらず、ゴルフ場だけを完成させることは賛成し難いし、ゴルフ場の委託経営に関しても不審の点があるから、大田区六郷ゴルフ場条例には反対である旨の意見が表明されており、区議会内部には当初から本件ゴルフ場の設置に反対する動きがあつたことがうかがわれるが、特に昭和三八年の地方自治法の改正により、公の施設の管理は「公共団体または公共的団体」にのみ委託できるとされた(同法第二四四条の二第三項)以後は、本件ゴルフ場の委託契約は、地方自治法に違反するのではないかという意見が議会内に強くなり、同年の予算委員会と決算委員会において必ずこの問題が執拗に追及されこれに対し債務者の理事者側は、単にゴルフ場の維持管理の事実行為を委託しているのにすぎないから、違法ではないと強弁し続けてきたが、議会内では本件ゴルフ場を廃止し、一般区民に開放すべきだとの声が益々高くなるに至つた。

また、特に国の河川敷地開放計画発表後は、本件ゴルフ場を廃止し、早急に一般区民が利用できるようにしてもらいたとの住民の請願、陳情が多数提出されるようになつた。

(ニ) 前記のような国の多摩川河川敷地の開放方針が発表されたことを直接の契機とし、さらに、その具体的計画によれば、開放の期限が定められているのは本件河川敷地の一部であり、本件係争土地およびC土地については昭和四四年三月三一日までとりあえず占用許可を受けることができ、その後の更新が可能かどうかについては、昭和四四年度以降の国の第二次開放計画の内容が具体化していないため未確定の状況であつたとはいうものの、債務者としては、当時区議会内部では昭和四二年四月以後はもはや委託契約の更新を認めず直ちに本件河川敷地全部の開放に踏切るべきであるとの意見が野党を中心として強まつており、前記認定のような債権者の数々の失態およびこれら事件や委託契約の法律的性格に対する区議会の従来の態度からみても、昭和四二年四月一日からの委託契約は、ゴルフ場を全部廃止するという前提でなければ区議会の承認を得られる見込みはないと考え、昭和四二年一月以降債権者と交渉を重ね、同年三月に至り、昭和四三年七月三一日限り本件ゴルフ場を全部廃止し、以後委託契約は更新しないこと、右期間満了のときは、債権者はゴルフ場に設置した本件物件等の仮設物を収去して本件係争土地等ゴルフ場敷地を全部債務者に引渡すこと、契約を更新しないことによる債権者の損害と右引渡費用について債務者は一切補償に応じない、ただしゴルフ場の全部廃止に伴う従業員の退職金の点を考慮し、従前は、債務者は債権者から、占用料相当額と、ゴルフ場利用者から徴収する使用料(入場料)総額の一割を事務費として受領し、その余の使用料を債権者に委託料として支払つていたが、これを変更し、使用料総額から占用料相当額だけを債務者が控除し、その余を全額委託料として債権者に支払い、債権者は、支払を受けた委託料のうち、一日の使用料の一割に相当する額から占用料の日割額を控除した残額(従来債務者が徴収していた事務費に相当する額)を退職給与引当金として確実な金融機関に積立てるものとするとの合意が成立し、債務者は三月の定例議会において、大田区六郷ゴルフ場条例の付則に、同条例は昭和四三年七月三一日限り効力を失う旨の一項を加える改正条例の議決を経るとともに四月一日以降の委託契約は前記のような内容とすることについても承認を得た上、四月一日右改正条例を公布し、同年四月三日、前記合意を内容とする四月一日付委託契約(乙四の一二)および契約書(退職金の積立に関するもの、乙四の一三)を作成し、同年五月二八日にはさらに、退職金引当積立金の件を含む委託料の支払に関する細目を定めた覚書(乙四の一四)を取交わした。

なおその後、退職金の積立は右約旨どおり実行されまた債務者の議会は昭和四二年五、六月ごろ、本件ゴルフ場の土地を区民のために開発利用するについて調査、研究するため多摩川対策特別委員会を発足させ、検討を開始した。

(二)  次に、右昭和四二年四月一日付の契約は、虚偽表示であり、あるいは詐欺、錯誤に基づくものであるとの債権者の主張については、その前提となる、大田区営としてのゴルフ場は廃止されるが、債務者は債権者に対し、本件係争土地を九ホールのゴルフ場として存続できるよう協力するとの合意があつた旨の主張に沿う<証拠>は、<証拠>ならびに以下述べる諸事実(これらの事実によれば、九ホールのゴルフ場が存続することが前提であつたとは到底考えられないばかりでなく、またこれらの事実は、前記認定の本件係争土地の明渡の約定が両当事者の真意に基づくものである。)ことを裏付けるものでもある)と対比して措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる疎明資料はない。

(イ) 前記認定のとおり、昭和四〇年一二月二三日の河川敷地占用許可準則と建設事務次官通達および四一年七月一八日の第一次多摩川河川敷地開放計画を総合すれば、国の河川敷地の占用に関する基本方針は、一貫して、公園、緑地、広場等一般公衆の用に供するものに限つて許可すること、営利を目的とするものは除外されることの二点にあることは疑いの余地がなく、もしも債権者の主張するとおり、昭和四三年七月三一日のゴルフ場委託契約終了後は、債権者が債務者に代つて独自にゴルフ場の設置を目的とする占用許可を受け、名実ともに本件ゴルフ場の経営に当たることになるとすれば、国の右基本方針に全く逆行するものであることは明白であり、このような債権者の占用は許可されるはずはないと断定せざるを得ない。すなわち、ゴルフ場が右準則等により限定的に占用を認められる場合の一つである「一般公衆の用に供する運動場」といえるかどうかまず疑問であり(建設省河川局水政課長の地位にある証人堺徳行は、ゴルフ場はこれに該当しないと明言している。)また債権者は、新たに占用を許可されるべくもない、まさしく権利のみを目的とする一民間会社に過ぎないからである。

この点に関し債権者は、多摩川河川敷地を占用している他の二つのゴルフ場(新川崎ゴルフ場東急多摩川ゴルフ場)はコースを半減はしたが、現にゴルフ場として存続していると主張しているが、債務者代表者本人尋問の結果によれば、右の二つのゴルフ場は、開放計画の発表以前からすでに民間会社が独自の占用権を有していたものであることが認められ、新たに営利会社が占用権を取得しようとする場合と全く異るのであつて、同一に論じ得ないことは明瞭である。(しかも上記二つのゴルフ場のような既存の占用についても前記事務官通達において逐次準則に適合するよう措置するものとされており、右ゴルフ場のコースの半減もこのような措置によるものと推測される。)

そして、当初は国の開放方針の詳細な点に至るまでは判明していなかつたため、経営の形態を公衆が利用できるように改善するならばゴルフ場の存続も可能ではないかとの期待、予測を債権者、債務者が抱いていたこともあるいはあり得るとしても(証人天野幸一、債務者代表者も、債権者、債務者間の折衝の最初の段階で、債権者から債務者に対し、九ホールは残すようにしてもらいたいとの申入れがあつたこと、あるいは四一年七月一八日の通告の直後に、両者間で、パブリック方式のゴルフ場でなければゴルフ場の存続は困難ではなかろうかというような話が出たことは認めている。)、国の基本方針が明らかとなつた昭和四二年四月の契約締結時には(前記通達、準則等を検討すれば前記認定のような国の方針を容易に看取し得るばかりでなく、債権者代表者本人尋問の結果によれば、債権者は直接関東地方建設局に出向き、その真意を確認していることが認められる。)、債権者が将来独自の占用権を取得できる可能性は全く薄れたことを債権者、債務者とも知悉していたと推認せざるを得ないのであつてみれば、債務者が債権者に対しゴルフ場の存続に協力する旨約した事実を前提として両者間の四月一日付の合意が成立したとは認め難いのである。

(ロ) <証拠>によれば、昭和四二年三月四日の区議会において、東京都大田区六郷ゴルフ場条例の一部を改正する条例の審議が行なわれたが、一議員から区当局に対し、委託契約を昭和四三年七月三一日まで延長することは許すべきではなく、ゴルフ場は即時廃止すべきであり、多額の委託料を支払つて契約を続ける必要はなく、仮に契約続行を認めるとしても、債権者には種々の不正行為がみられるなど多くの問題があり、契約の相手方としてふさわしくない等の質問がなされたのに対し、債務者代表者は、区がこのゴルフ場を昭和四三年七月三一日に廃止したときには、債権者は右期限をもつて仕事を失い、事業が継続できなくなるのであるから、この会社の終末という事態を配慮してある程度の期間を与え、また従業員の転職等のことも考慮し、占用料以外はすべて委託料として債権者に支払うこととしたものであり、債権者は実質的に清算会社に入る訳であるから、とにかく四三年七月まではゴルフ場を続けさせていただきたい旨答弁していることが一応認められる。すなわち、債務者代表者は、昭和四三年七月三一日をもつてゴルフ場は完全に廃止され、債権者が独自の立場で事業を存続させることもない旨を明瞭に述べているのである。

そして、区議会においてはゴルフ場早期廃止の意見が強いというのに、いやしくも区政の最高責任者が、一年数カ月の後にはいずれにせよ真相が判明するのに議会において、議員を欺罔するような答弁をしたとは到底思われないのである。

(ハ) <証拠>によれば、債権者の労働組合は、昭和四二年三月二〇日付で区議会内の政党に対し、同年三月二九日付で区長に宛てて、要請書あるいは陳情書を提出したが、その中で、「この度大田区議会において昭和四三年七月をもつて六郷ゴルフ場が廃止され、一般に開放されることが議決され、向う一年四カ月間は、従業員の退職金および再就職のための準備期間と聞いている。そして、我々はゴルフ場廃止に伴う退職金等について債権者と交渉中であるが、区営ゴルフ場である以上、区議会、区当局もこの問題について協力を願いたい」旨が述べられていること、債権者と労働組合の団体交渉の結果、昭和四二年五月二八日、両者間に退職金等に関する協定書が取交わされたが、協定書には、会社都合による解雇ならびに「当ゴルフ場閉鎖による退職の場合」は、一律四万円を加算して支払う旨の条項があることがそれぞれ一応認められる。

これらの事実によれば、少なくとも債権者の労働組合は(右協定書によれば、債権者自身も、ゴルフ場閉鎖のあり得ることを認めていたと推測される。)、昭和四三年七月ゴルフ場は廃止され、その従業員は全員退職することになるものと了解していたことは明白である。

ところで債権者の労働組合は、債権者、債務者間の委託契約に関しては一応部外者であるとはいえ、自分達の職場であるゴルフ場の廃止あるいは存続の問題はその生活に直結する事柄であつて、この点については当然重大な利害関係、関心を有するのであり、労働組合としても正確な知識、情報を入手するよう努めていたであろうことは容易に推認し得るところであつて、右のような労働組合の認識は、真実を把握していたと思科される。なお、真に債務者がゴルフ場の存続に協力する旨を約したとすれば、債権者としても労働組合との折衝に当たりそのような趣旨の疎明が可能であつたろうし、債務者の口添えも期待できたであろうから右のような協定書を取交わす事態は避けることができたはずである。

(ニ) <証拠>を総合すれば、本件ゴルフ場の後援会員(メンバー)は、多摩川河川敷地の開放計画の発表を知り、有志の者がゴルフ場の存続運動を計画し、昭和四一年から四二年にかけて債務者代表者へも存続方の陳情をしたが、国の開放計画に応ずるものであるから、存続するかどうかは確答できないという返事が得られたのみであつたところ、債権者と債務者が昭和四二年四月一日付の契約を締結したことを聞知し、債権者に対し、ゴルフ場廃止、開放を前提とする契約を締結した以上は、会員になるに際して支払つた入会金を返還してもらいたいと要求して交渉した結果、同年八月二九日、債権者代表者と専務取締役の両名が保証人として連記された「入会金を昭和四三年七月三一日に会員各位にお払いします」との書面を作成させ、その写を後援会員に送付したことが一応認められる。

右事実も、後援会員はゴルフ場が廃止されることになつたと考え、債権者もまた昭和四三年七月三一日にはそのような事態となることを予想していたことを推測させるものといわなければならない。そして、債権者の主張するとおり、ゴルフ場の存続が前提であつたとすれば、労働組合に対する場合と同様、このような書面を発行しなくとも済んだはずである。

(ホ) 昭和四二年四月一日付契約書(乙四の一二)第一〇条は、「この契約が終了したときは、債権者は直ちにゴルフ場に設置した仮設物を収去の上、債務者に引渡ししなければならない」とうたつており、債権者代表者本人尋問の結果によれば、ここにいう仮設物とは、コース内のスタート小屋、売店、手洗い、休憩所等であることが認められるが、もしも債権者が昭和四三年七月三一日以後も九コースのゴルフ場を存続させることになつていたとすれば、可能な限り右の施設を残置するよう配慮するのが当然で、これらを悉く収去してしまうことを約したのは理解に苦しむところである。

(三)  してみれば債務者、債権者間の委託契約は前認定の合意により昭和四三年七月三一日の経過とともに終了し、ここに債権者は本件係争土地等に対する右契約に基づく利用権を失いその明渡義務を負うに至つたことは明らかである。

三債権者主張の永小作権および前記委託契約の実体が建物所有等を目的とする本件係争土地等の賃貸借であることについては、これを認めるに足りる疎明資料はない。

四また、前記認定のとおり、昭和四二年四月一日の契約は、本件係争土地の管理者である国の河川敷地開放方針に端を発し、本件係争土地の明渡の請求は区民のために早急に緑地運動場を建設しようとの意図に基づくものであつて(この点は後に述べる。)、債務者の私利、私欲に由来するものではないこと、右条約においては債務者もゴルフ場が廃止される点を考慮し、その準備のため債権者に対し委託料を特に増額して支払つていること、債権者も一〇年間以上の長期にわたつて本件河川敷地を低廉な借金で利用し、ゴルフ場経営により相当の収益を挙げ得たものと推測されること等の事実に照らせば、債権者の公法違反、公序良俗違反、権利濫用の主張はいずれも採用の限りではない。

五従つて、債務者は債権者に対し、本件物件を撤去して本件係争土地を明渡すことを請求する権利を有することは明白というべきである。

六そこで次に保全の必要性について検討する。

(一)  <証拠>によれば、債務者は昭和四三年七月三一日の債権者の委託契約の終了期限後直ちに本件係争土地の返還を受け、同年八月一日から右土地を含む土地に国の開放方針に沿い緑地運動場を建設することを計画し、同年七月一二日(申請は同年五月三一日)関東地方建設局長から、本件係争土地およびこれに隣接するB2土地のうち上流一〇〇メートル幅の部分について、占用目的をゴルフ場から運動場および緑地広場と変更し、占用期間は従前どおり昭和四一年七月一日から四四年三月三一日までとする占用許可を受け(なおその後昭和四四年二月四日、右土地について、占用目的は右と同一、占用期間は昭和四四年四月一日から四九年三月三一日までとする占用許可を受けた。)、昭和四三年七月二七日には、右土地上に多摩川緑地運動場を設置するための多摩川緑地運動場設置条例を公布し、同じころ区議会は右多摩川緑地運動場建設二カ年継続事業費総額一億二二五一万円余のうち昭和四三年度分九八四〇万円を含む補正予算を可決するなどその準備を着々進めていたこと、右運動場は、野球場二一面(大人用一八面、子供用三面)、自由広場四箇所、運動広場一箇所、大砂場一箇所、二千メートル余のサイクリングコース等を含むものであることが一応認められる。

(二)  ところで、<証拠>によれば、大田区の住民の生活環境および公園、緑地等の現況は次のとおりであるものと一応認められる。

(イ) 大田区は昭和四四年一〇月一日現在七五万人余の人口、約二七万の世帯を数え、東京都内でも有数の人口密集地帯であり、昭和四三年度の総理府の住宅調査の統計によれば、約四割がアパート(ほとんどが木造アパート)生活者で、一部屋しか持たない世帯が約八万世帯、二部屋が四万世帯という住居の状況であり、また騒音、空気汚染等のいわゆる公害の問題もとみに深刻となつており、東京都公害部の調査によれば、公害発生事業所数は二三区中大田区が一二、五〇〇件位であつて、第二位の墨田区の八、七〇〇件をはるかに凌駕し、区民から都公害部への苦情申立件数も全件数の約一割を占めている有様であり、これに対処すべく、大田区でも昭和四四年四月から公害課を発足させ、調査を進めているほか、小公園、児童遊園等の設置にも極力努力しているが、人口は増大する一方であるのに(もつとも、ここ一〇年位はほぼ横ばいである。)、空地は少なくなつているので、公園等の敷地の買収は困難をきわめ、計画数だけをなかなか確保できない実情である。(なお、証人松本秀雄および債権者代表者は、本件河川敷地の下流の河川敷地に運動場の適地がある旨供述しているが、債務者代表者本人尋問の結果によれば、下流にもすでに四面の大田区の運動場と、東京都が公園の設置を予定している土地があり、それ以外は幅員が狭くなり野球場等を設置する余地はないことが認められ、現在計画中の緑地運動場としては本件係争土地以外の河川敷地には適地の存しないことが明らかである。)

(ロ) 次に大田区内の交通事故は、昭和四四年度は、一〇年前の事故件数八二八、死者九六人、負傷者九二一人に比し、事故件数六、二三二、死者六二人、負傷者七、一一三人と死者を除いて急激に増加しており、(もつともここ数年来は、全体としてほぼ横ばいである。)二三区中随一であつて二位の世田谷区をはるかに上まわり、そのうち中学生以下の子供の交通事故の発生件数は、昭和四一、四二年度とも東京都内では北多摩郡立川市等多数の市を含む。)に次いで第二位であつて、これまた群を抜いて多数である。

そして、東京都全体の子供の交通事故の原因を分折してみると、飛び出し五〇パーセント、自転車に乗つている際のもの二〇パーセント、車の直前、直後の横断一二パーセント、幼児の一人歩き七パーセント、道路で遊んでいたため五パーセントという順序になつており、また発生の時間帯は午後四時から五時ごろが最も多く、このような調査結果からしても、債務者としては、特に子供の交通事故防止のためには、子供が安心して遊べる場所の確保が必須の条件であると考え、この点からも広場を作る必要性を痛感している。

もちろん現在でも債務者としては、歩道橋、ガードレール等種々の事故防止のため施設の設置を始めとして、その対策には苦心を払つている。

(ハ) ところが大田区内の公園、緑地、児童遊園等の現状は、まず都市公園法施行令によれば人口一人当たり六平方メートル以上(市街地においては三平方メートル以上)が必要とされているのに対して、昭和四三年四月一日現在のこれらの現況面積は区民一人当たり僅か0.43平方メートル(児童遊園を含めて0.48平方メートル)であつて、本件係争土地を含め、計画中のものを加えても、区立運動場、都立多摩川緑地をあわせてようく1.2平方メートルに達する予定であり、いずれにして公園等が著しく不足していることは明らかである。

次に大田区内の二七の中学校のうち、自治省財政局作成の屋外運動場基準面積に達しているのは僅か一校、全体として約六割の面積しかなく、また六〇の小学校のうち右基準を上まわつているのは二校のみであり、全体として約四割の面積しか有していない。

また、大田区内には工場労働者が特に多いが、これら労働者のための体育施設、運動場としては、野球場一五面、バレーコート七面、テニスコート三面、体育館二館、プール二面、地区センター三館、東京都勤労会館分館一館が存するものの、これら現有施設はすでにその限度まで利用されており、例えば野球場の場合、申込者が多数殺到するため抽せんによつて使用許可を与えている状態であり、毎回多数のチームが抽せんにもれて野球場の利用ができない現状である。

(ニ) なお、本件河川敷地のうち、すでに昭和四一年一二月末日までに開放されたA土地は、東京都が公園広場への造成工事を済ませ、また本件訴訟進行中に開放された土地のうちB2土地は、大田区が占用許可を得て昭和四四年に野球場が完成しており、B1土地は東京都が公園を設置することを計画し予算化を了している。

(三)  そして<証拠>によれば、前項認定のような事情もあつてか、ひとたび多摩川河川敷地の開放計画が発表されると、多数の区民から区議会に対し、河川敷地の広場整備を一日も早く進めるよう希望する、河川敷地は営利会社に使用させず、都あるいは区の手によつて公園、スポーツグラウンドを設置してもらいたい、これは公園、遊び場の少い大田区の子供達のための切実な願いである、あるいは本件ゴルフ場の跡地に設置される運動場には、是非大衆スポーツであるサッカーのための施設も含めてもらいたい、さらには運動場のほとんどない高等学校のために多摩川河川敷地を運動場として使用させてもらいたい等の請願が陸続として寄せられ、また昭和四四年二月六日には、多摩川緑地運動場建設促進大会が開催され、本件係争土地等を大田区民の体育およびレクリエーションの場として開放することは全区民のひとしく熱望するところである旨の大会宣言が採択決議され、さらに同年二月上旬から四月までの間に、区内の各地自治会および各種政治団体がゴルフ場の早期開放に関する署名運動を推進し、十六万名余の署名を得たこと、このような区民の熱望に応えるため、緑地運動場建設のための補正予算は満場一致可決され、区議会も全政党を挙げて緑地運動場の早急な実現のために区理事者を全面的に支援する態勢にあること、債務者代表者も、前記認定のような大田区が抱えている多数の問題の解決策の一つとして、勤労青少年、児童はじめ区民の福祉、健康のために、緑地運動場を一日も早く建設することがその重大な責務であると痛感し、本件仮処分申請に及ぶに至つたことが一応認められる。

(四)  <証拠>によれば、当初債務者は、昭和四三年度分の多摩川緑地運動場設置工事は、本件ゴルフ場の明渡期限である昭和四三年七月三一日の翌日である八月一日から着工し、昭和四四年三月三一日までに完成する予定の下に、昭和四三年五月三一日の占用目的の変更の申請に際しても関東地方建設局長にその旨の許可を求めていたが、債権者が明渡に応じないため工事に着手できず、その後昭和四三年一二月二六日に申請した際には、工事の遅延の理由について釈明の上、その工期を昭和四四年四月一日から四五年三月三一日までと変更さざるを得なくなつたが、(この予定も実現できなかつたことになる。)、その間地方建設局長からは昭和四三年九月二一日付で、本件河川敷地は依然としてゴルフ場として利用されており、占用許可の許可内容に違反し、一般公衆の運動場および公園緑地としての利用を妨げるので、すみやかに許可内容の実現を図り公園緑地計画の達成に努めるようにとの通告を受ける事態に立至り、これに対して債務者代表者は、明渡を受けられない事情を詳述し、現在係争土地について区のとつている管理体制について説明し、今後の処理方針としては、裁判所の法的判断に従い、債権者との紛争の早期解決を図り、緑地運動場の建設を促進し、許可条件の完全な達成を果すべく努力する旨の回答書を提出して、暫時の猶予を願つている状況にあることが一応認められる。

また<証拠>によれば、緑地運動場の建設工事が当初の予定どおり着工できなかつたことにより、債務者側が被るべき財産的損害の一例として、緑地運動場の盛土は、残土を利用することとし、大田建設協会の監督の下に、各捨土業者に右運動場を残土捨場として使用するよう委託していたところ、突然右取扱が中止されることになつたため、各業者は急激残土捨場を他に変更し、そのため右協会は債務者に対し、九七〇万円に上る損害発生が見込まれる旨申出ていることが一応認められる。

(五)  以上要するに、債務者は人口の密集、公害、交通事故の多発等々、深刻かつ解決困難で、しかもその解決を怠り荏苒時を過すことを許されない多く問題に悩んでおり、これらの事態を幾分なりとも緩和できると期待できる広場、公園、緑地、学校の運動場および体育施設等の現状はきわめて貧弱であり、到底大多数の区民のこれら施設に対する切実な需要、要望を満たすに足るものではなく、さりとて区内にはもはや利用し得る空地も少なく、その改善策の一つとして、国の河川敷地の開放方針を体し、さらに区民全体の福祉に思いを致してこれを一歩進め、区議会一致の賛同を得て立案計画された、本件係争土地に早急に区民のための緑地運動場を建設しようという債務者の目論見も、予算措置等準備が万端整つていたのに、債権者が約旨に反して期限にその明渡を履行しないためいつたん挫折のやむなきに立至つているもので、このまま推移するときは区民、区議会の熱望、熱願の実現はさらに遠ざかり、その間著しい損害の発生を避け得ないものと認められるから、債務者が直ちにその明渡を受けなければならない必要性はきわめて高度かつ緊急を要するものと断定せざるを得ない。

七以上詳述したとおり、債務者の被保全権利の存在は明白であり、また債務者の本件係争土地に対する必要性も強度かつ緊急を要するものであり、これに対し債権者が本件ゴルフ場の廃止により被る損害は債務者のそれに比すべくもなく、その上本件係争土地の明渡期限を徒過することすでに二年余を閲しているのであつてみれば、債務者の本件仮処分申請は理由があるというべきである。

第二昭和四四年(モ)第四八七二号事件

一債権者が本件係争土地について永小作権、賃借権を有していることの疎明はないこと、仮に賃借権ないし利用権を有していたとしても、昭和四三年七月三一日限りこれを失つたことは前述したとおりであるが、しかし債権者が現に本件係争土地を占有していることは当事者間に争いがないところである。

二そして、債務者が、差戻前の本件占有使用妨害禁止等仮処分申請事件の審理中である昭和四三年七月三一日夜、本件係争土地にブルドーザーなどで立入り、運動場の建設工事に着手したことは当事者間に争いがないところ、すでに占有権原を有しないことが明白であつたにせよ、このような実力行使が法律上許されないものであることは明らかであるが、その後債務者は、同年八月三日付で当裁判所に対し、差戻前の本件仮処分却下決定に対する抗告審の決定があるまで、本件係争土地に工事のため立入り、右土地の芝生に対する損傷行為をしないことを約束する旨の上申書(成立に争いのない甲第三五号証)を提出し、さらに右抗告審の決定(昭和四三年一二月三日)の前である同年一〇月二九日、本件第一〇四六八号仮処分事件の申請をし弁論の全趣旨によれば、その本案訴訟も提起していることが認められる。)、本件係争土地の明渡は法律上認められた手段、手続によつて行なう態度、方針を明らかにしており、債務者代表者も本人尋問において、現在においては昭和四三年七月三一日の債務者の行為を深く反省している旨述べ、率直に自己の非を認めているのであるから(事実、右七月三一日の立入の後に、再び債務者が同様の行動に出たことを認めるに足りる疎明資料は全くない。)、これらの事実を総合すれば、現時点にあつては、債務者が本件係争土地に実力で立入り、芝生に対する損傷行為に及ぶなど債権者の占有使用を実力をもつて妨害するおそれは存しないものと認められる。

三従つて債権者申請の本件仮処分は、保全の必要性の疎明なきに帰するものというべく、また保証をもつて右疎明に代えさせることも相当でないから、債権者申請の本件仮処分申請は理由がない。

第三結論

よつて、債務者の本件仮処分申請は、上来説示の諸般の事情を考慮し、保証金三千万円を本判決言渡の日から七日以内に供託することを条件とし、また債務者が本件物件を撤去し得るのは本判決の債権者への送達の日から一〇日以内に債権者がこれを撤去しないときとして、これを主文第三項のとおり認容し(なお、後述のように債権者申請にかかる主文第一項掲記の仮処分決定を取消し、右申請を却下する以上、これとの牴触の問題は生じない。)債権者の本件仮処分申請を認容した主文第一項掲記の仮処分決定は失当であるからこれを取消し、右仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担については、債権者の本件仮処分申請は、債務者の実力行使を防ぐため、当初においては自己の権利の伸張もしくは防禦に必要な行為であつたというべきであるから、民事訴訟法第九六条後段、第九〇条を適用してこれを三分し、その二を債権者の、その余を債務者の負担とし、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。(鈴木潔 矢崎秀一 大田黒昔生)

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